様々な腹腔鏡手術(鏡視下手術について)
腹腔鏡手術とは
腹腔鏡手術とは、皮膚の上に開けた小さな傷からポートという筒状の器具を入れて、そこからカメラ(腹腔鏡)や専用の手術器具を入れ、体内の様子をテレビモニターで観察しながら病巣部分を切除するという手術方法です。
開腹手術に比べ体への負担が少なくて済むため、術後の回復が早いというメリットがあります。腹腔鏡手術では、直径5ミリ~2センチくらいの皮膚切開を4~5つほど置いて、そこにポートを挿入し、そこから手術器具を出し入れして手術を行います。そのため、お腹を大きく切って手術する開腹手術に比べると、傷が小さい、出血が少ない、痛みが少ない、といった特徴があります。さらに臓器が空気に触れないために癒着が起きにくく、開腹手術よりも腸閉塞が起きにくく、手術後の回復が早いのが最大のメリットです。 入院期間も開腹手術よりも短く済みます。
手術中は、映像モニターを見ながら、器具を操作します。拡大視できるので、臓器を構成している膜の一枚一枚や、細かな血管や神経まではっきりと見えるので、繊細な手術が可能です。 普段は見えにくい深い部位などを様々な角度から見ることもでき、細かな操作もより確実に行うことができます。また、同じ手術に入っているスタッフ全員が、同じ画面を見ることで情報を共有でき、映像で記録が残るため、映像を見直すことで、確認や検討がしやすく、皆のレベルアップにつながります。
胆石症
胆嚢は肝臓下部にくっついている袋状の臓器です。消化酵素の1つである胆汁を貯蔵する役割をしています。そこに石が形成されるのが胆石症です。食後の腹痛や,胆嚢炎,総胆管結石の原因となるため,症状がある場合は手術をお勧めしています。胆石症の手術は特殊な場合を除き,ほぼ全例腹腔鏡下に行っています。4つほど小さい穴をあけ,胆嚢を肝臓から剥がして摘出します。4日前後で退院することが多いです。
鼠径(そけい)ヘルニア
鼠径ヘルニアとは
鼠径ヘルニア(脱腸)は,本来ならお腹の中にあるはずの小腸などが,ももの付け根(鼠径部)の筋膜から皮膚の下に出て膨らむ病気です。患者さんは乳幼児から高齢の方まで幅広く分布しますが,特にももの付け根の筋膜が弱くなる40歳以上の男性に多い傾向があります。小児の場合は先天的な原因であるのに対して,成人の場合は加齢により体壁の組織が弱くなることが原因と考えられています。お腹の内側から見ると鼠径部に落とし穴ができており,この穴に小腸が落ち込むのです。
足の付根にピンポン球を半分にしたような膨らみとして発症することが多く,次第に大きくなります。押さえると一旦はひっこみますが,穴があいているのですぐに出てきてしまいます。大きくなると違和感や疼痛が出現してきます。膨らみが急に硬くなったり,膨れた部分が押さえても引っ込まなくなることがあり,お腹が痛くなったり吐いたりします。これをヘルニアの嵌頓(かんとん)と言います。放置すれば嵌頓した腸が壊死に陥り,命にかかわることになります。この場合は緊急手術が必要です。
腹腔鏡下手術での腹腔内からの観察:左鼠径部
治療
治療方法は手術以外にありません。ヘルニアは良性の病気ですので,手術を急ぐことはありませんが,完治させるには手術しか方法はありません。痛みや張り,不快感が強い,ヘルニアがだんだん大きくなった,出たままになって押しても戻らない,というような場合には手術を考えたほうがいいでしょう。弱くなった部位を「メッシュ」という医療用の人工のシートで補強する手術が一般的です。鼠径部を切開する従来法と,腹腔鏡下手術があります。双方に良い部分がありますので患者さんの状態に合わせて術式を選択しています。
その他のヘルニア(大腿ヘルニア,閉鎖孔ヘルニア,腹壁ヘルニア)
鼠径部ヘルニア以外にもヘルニアとなる弱い部分があります。大腿ヘルニアや閉鎖孔ヘルニアです。大腿ヘルニアや閉鎖孔ヘルニアは穴がとても狭いため,戻らなくなる嵌頓(かんとん)ヘルニアになりやすいと言われています。嵌頓ヘルニアになると痛みや吐き気などの症状が現れるだけでなく,腸が壊死して生命に関わる状態になることがあります。そのため,大腿ヘルニアが疑われるような症状があれば,すぐに病院へ行き,外科医師の診察を受けることをお勧めします。嵌頓整復といってお腹表面から腸を押し戻せた場合は,待機的な手術を行いますが,緊急手術になることもあります。手術は全身麻酔で行います。腸管の状態を観察できることから,可能であれば腹腔鏡での手術を選択しています。
また,腹部の手術後の傷跡周辺にみられるヘルニアが『腹壁瘢痕(ふくへきはんこん)ヘルニア』です。切開をした手術の最後には,筋膜同士もしっかり縫合しますが,創部の縫合不全や術後の創部への感染,栄養状態の悪化などの理由で筋膜が弱くなりヘルニアが生じてしまうのです。自然に治ることはなく,根治には手術が必要です。人工補強材による手術をすれば多くの場合治ります。放置しているとだんだんヘルニアの穴が大きくなったり,戻らなくなったり,嵌頓することもあるので,時期を見て手術をしたほうが良いこともあります。手術は全身麻酔で行います。ヘルニアの大きさや部位などにより,瘢痕部分を切開する従来法か腹腔鏡手術かを選択しています。
食道裂孔ヘルニア
胸部と腹部の間には横隔膜という隔壁があり,食べたものを胃に運ぶ食道は横隔膜の穴である食道裂孔を通っています。食道裂孔ヘルニアはその食道裂孔が大きくなったため,腹部にあるべきはずの胃が横隔膜の上に滑り出した状態で,高齢者や経産婦に多く見られます。食道裂孔ヘルニアになると。胃の内容物が食道に逆流しやすくなり,胸やけを主として様々な自覚症状を呈する逆流性食道炎の原因となります。逆流性食道炎に対する治療の基本は薬物療法で,多くの場合自覚症状は改善されます。しかしそれでも症状が改善されない場合は手術適応となります。
以前は開腹手術を行っていましたが,現在は腹腔鏡手術を行っています。5か所の小さな穴をあけて手術を行います。胸腔内に脱出した胃を腹腔内に引き戻し,大きくなった食道裂孔を縫合して狭くします。そして逆流を防止するために食道下端を胃でえりまき状に包み込む様に固定を行います。全周性に巻きつけるNissen法,非全周性に巻きつけるToupet法があります。腹腔鏡手術なので回復が早く,従来より入院期間も短くて済みます。患者さんにとって楽な手術になったので,手術適応が増えている印象です。
急性虫垂炎
虫垂と呼ばれる小さな行き止まりの腸に炎症を起こし,お腹の右下に強い痛みが起こる病気です。いわゆる「盲腸」としてよく知られていますが,医学的には急性虫垂炎が正式な病名です。虫垂炎の発症のピークは10~20代ですが,小児や高齢者も含めてどの年齢層でもみられ,男女差はありません。炎症の強さによって軽い順から(1)カタル性虫垂炎,(2)蜂窩織炎性虫垂炎,(3)壊疽性虫垂炎の3段階に区分されています。症状は,右下腹部痛,吐き気,発熱などが多いですが,初めにみぞおちや臍周囲が痛くなり,徐々に痛みが右下腹部に移動することがあります。さらに化膿が進むと虫垂に穿孔(腸に穴が開くこと)が起こり,周囲に膿が貯留する腹腔内膿瘍や,お腹の中に膿が広がる汎発性腹膜炎という状態まで進んでしまうことがあります。診断は,腹部の触診,血液検査,腹部CT検査,腹部超音波検査などが行われています。
治療は,保存的治療(抗生剤)と外科的治療(手術)があります。炎症の程度や症状,また患者さんの希望などによって,どちらの治療を選択するかを決定します。保存的治療とは,抗生剤で治療を行う方法で「虫垂炎を散らす」といういい方をします。カタル性や一部の蜂窩織炎性虫垂炎など比較的炎症が軽いものが適応とされています。抗生剤を使用しても改善しない場合もあり,途中で外科的治療に方針を変更することもあります。最近では腹腔内膿瘍などを伴った炎症の強い虫垂炎に対しても,急性期の緊急手術による切除範囲の拡大や術後合併症を減らす意味で,まず保存的治療を行い炎症が沈静化したあと,ある程度の期間(約3ヶ月)をおいて予定手術を行う「間欠的虫垂切除術」といった考え方が一般的になってきました。「間欠的虫垂切除術」は後に説明する腹腔鏡下虫垂切除術で行われます。外科的治療とは手術のことです。外科的治療は急性虫垂炎の標準治療とされてきました。
従来の虫垂切除術は右下腹部に斜めの皮膚切開を行い,虫垂を切除する方法です。最近は腹腔鏡下虫垂切除術が広く行われています。お腹に3ヵ所の穴をあけ,腹腔内にカメラを入れて虫垂の切除を行います。腹腔鏡下虫垂切除術のメリットとしては,傷が小さく目立たないことだけでなく,開腹手術に比べて創部の感染が起こりにくく,痛みが少ないといわれています。炎症の程度によっては開腹手術に移行する場合もあります。
一度薬で散らして症状が落ち着いた方も,手術をするメリットはあります。なぜなら,虫垂炎の再発率は10~30%程度との報告があり,虫垂炎は再発する可能性があるからです。再発した場合,最低でも数日間の入院が必要になるでしょう。忙しいビジネスパーソン,家庭を支える女性の方,受験や大事な大会などをひかえた方がもし,数日間の入院をすることになれば,そのデメリットは大きなものでしょう。落ち着いたタイミングで改めて虫垂切除を行う計画的治療を「待機的虫垂切除」と言います。「間欠的虫垂切除術」や待機的虫垂切除」は,緊急で行われる虫垂切除と比べて,手術前検査や準備をきちんと行うことができ,安全性が高いと考えられます。また,術後の経過が安定しており社会復帰も早いといったメリットがあります。急性虫垂炎は簡単な病気と思われがちですが,典型的な症状が出ないこともあり,ひどくなってからやっと診断される場合もあります。特に小児や高齢者では治療が遅れると,汎発性腹膜炎など重症化してしまうこともあります。下腹部痛や発熱などがありましたら,早期に病院を受診してください。
胃粘膜下腫瘍
胃の腫瘍の中には,粘膜の下にできる腫瘍があり,「胃粘膜下腫瘍」と呼びます。胃粘膜下腫瘍には,良性のものから,悪性のものまで様々な種類の腫瘍が含まれています。消化管間質腫瘍(Gastrointestinal stromal tumor: GIST)もその一つで,良性のものから,転移を起こすものまで悪性度も様々であり,手術治療が薦められる病気です。
手術は,大きさや部位にもよりますが,ほとんどの場合,腹腔鏡を用いて腫瘍を切除します。胃粘膜下腫瘍の中には,胃の内側に出っ張るタイプがあり,その場合は,胃カメラと合同で行う腹腔鏡・内視鏡合同胃局所切除(LECS: Laparoscopy and Endoscopy Cooperative Surgery)を行います。LECSは,内視鏡治療である内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)と外科手術である腹腔鏡下胃局所切除術とのハイブリッド手術です。胃内視鏡を使って胃の中から腫瘍を確認し,腫瘍の範囲を正確に見極めることで,切除する範囲が最低限となります。
尿膜管遺残症
尿膜管遺残症尿膜管とは胎児期に老廃物を排出する為にあり,胎児の膀胱と臍帯を繋いでいる管です。一般には出生時に退化し自然に閉鎖されるのですが,稀に閉鎖されることなく尿膜管が残ることがあり,これを尿膜管遺残症と言います。数年前に有名なフィギュアスケートのトップ選手が手術を受けたという報道もあり,ご存知の方も多いと思います。若い方に多い病気です。
症状は無症状で経過することもありますが,尿膜管を通じて尿の漏出や臍周囲の炎症,腹痛を起こすことがあります。治療は尿膜管の摘出が基本となります。感染や炎症が起こっている場合には,炎症を鎮静化させてから手術を行います。まずは抗生剤の投与や皮膚を切開し膿を取り除いて,炎症を落ち着かせた後,尿膜管の摘出手術を行います。手術は,以前は開腹手術が行われており,臍下に大きな傷が残ってしまいました。しかし,近年は腹腔鏡手術が行われるようになり,傷も目立たず,入院期間も短く治療できるようになりました。特に経過に問題がなければ,術後の入院期間は,3~4日となります。
直腸脱
直腸脱は高齢女性に多く見られる疾患です。若い人や男性にも直腸脱の方はおられますが,頻度としては圧倒的に高齢の女性に多いです。骨盤を支える筋肉が弱くなると同時に,肛門括約筋の緊張が弱くなり,直腸が肛門から引っ繰り返るように脱出するようになっているものを言います。発症時は多くの患者さんが,「どうも最近排便時に粘液がよく出ると思っていたら,何か排便後に軟らかいものが出てくるようになり,だんだんひどくなって排便するたびに肛門から出て来るのが大きくなった。いつもお尻がベチャベチャするし,時には出血もする。押し込んだらもとに戻るけど,また出てくる。オシメをしておかないといけなくなった」というような症状で病院へ来られます。診断は直腸が脱出した状態が確認できればすぐに付きます。しゃがんだ状態で肛門からピンク色の直腸が4~5cm脱出するようであれば手術適応になります。手術の方法には大きく分けて二通りあり,腰椎麻酔という下半身だけの麻酔をかけて肛門の方から直腸が脱出しないようにする方法と,全身麻酔をかけて,腹腔鏡を用いて直腸を仙骨に釣り上げて固定する方法があります。
その方の全身の状態を見て手術方法を決めます。全身麻酔がかけられるのであれば,腹腔鏡下直腸固定術を行います。全身麻酔がかけられない状態であれば,肛門から手術を行います。肛門からの手術は,脱出する直腸を縫い縮め(Gant―三輪法),緩んだ肛門のまわりに人工物を埋め込み肛門を少し狭くする(Thiersh法)ことが手技も簡便で入院期間も短いことからよく行われていますが,再発率が高いのが難点です。
腹腔鏡下直腸固定術は,小さなキズ5つで行うことができ,腹腔鏡下に直腸を骨盤から剥離して,骨盤に固定した人工の布(メッシュ)に,吊り上げた直腸を縫合固定します。術後に直腸が脱出することはほとんどなくなります。再発率は,肛門からの手術に比べて,はるかに少ないです。
手術をして症状が改善すれば随分と不快な思いをしなくてもすみ,楽になります。何か普通の痔(じ)とは違うぞと思われたら,当科にご相談ください。